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「自分がゼロになれる場所を求めて」——“連続挑戦家”、尾崎えり子さんは「人生の挫折」から何を学んだのか?

毎週水曜22時から生放送している「何を学べば○○さんのようになれるのか(通称なにまな)」。学び続けることで自分らしい生き方を切り開く20人に、 スクーアナウンサー中田有香と受講生が直接問う30分の授業です。

今回は、シェアオフィス事業や教育事業を行う、株式会社新閃力代表取締役社長、NPO法人コヂカラ・ニッポン副代表、尾崎えり子先生の授業で語られた人生の転機や挫折から得た学び、これから目指す先についてご紹介します。

すべてが思い通りに行くわけではない…。子育てを始めたことが、大きな転機に

新卒入社した経営コンサルの会社での賞の受賞や転職後の企業内起業で執行役員を務めるなど、順風満帆なキャリアを歩んできた尾崎先生。企業内起業時に経験した「子育て」が一つの転機になったと言います。

それまで現場の第一線でバリバリ働いていた尾崎先生。「自分の努力次第で目標は達成できるし、ほとんどのことは解決できる」と考えていたと語りますが、子育てを通して今までの考え方が180度変わったと言います。

子育てというものを経験して、自分の思い通りにならなかったり、どんなに頑張ってもうまくいかないことがあるんだなということを初めて知って。そこから、自分の考え方だったり、スタンスが大きく変わったなと思います。

尾崎先生は育休期間に子育ての大変さを痛感。社長という顔も持つなか、「これから社長と母親を両立していけるのか」と、とても不安に思ったことを振り返ります。

“まずは、こんなにも子どもたちが体調を崩すのか、ということは想定外でした。ようやく会社に着いたときに、迎えにきてほしいと言われたりして…。
そのときに、育休復帰とともに、社長という大役を担わせていただいていたので、この仕事もまったく満足にできないし、子どもたちに対しても理想の母親というものをまったくできていないし…。自分は、なんでこんなにもすべてを上手く回せないんだろうか、世の中のお母さんたちはあんなに上手にやっているのに、というところが、すごく挫折というか。これからどうすれば良いんだ、というところまで落ち込みましたね。
子育て中は、ほとんど眠れない状態で、また会社に行く、ということが続いていたときに、どうやったらこの子たちが寝てくれるんだろうとか。母親の愛で乗り越えられると思っていたものが、愛すらもイライラに変わったり、こんなにも子どもに対して怒りを覚えてしまうことは、母親失格なんじゃないかとか…。本当に何も分からない状態だったので。非常にビジネスマンとしても悩みましたし、母親としても悩むというのが、ちょうどその育休中の期間でしたね。”

「社長と母親」の2つの顔を持ちながら、働くことの難しさを実感した尾崎先生。そのなかで、地域コミュニティの大切を知る「ある事件」が起こります。

“頼る勇気”も必要。ある事件をきっかけに、地域コミュニティの大事さを知った

“本当に、会社と家との往復だけで、1日の時間が3時間くらい取られていたので、地域のご近所さんたちと仲良くなる機会というのは、ほとんど取れずで。しかも、縁もゆかりもない場所に引っ越してきたので。はじめは、お友達がぜんぜんいないところだったのですが。ある事件があってですね。
私が39度の熱を出して倒れてしまって。子どもたちも38度くらいの熱が出ていたのですが、比較的元気で。だから私は病院に行きたかったけれども、彼らをどこに預けたら良いか分からなくて…。まずは、ママ友に預けようと思ったのですが、ママ友に風邪をうつしてしまっては、その人がまた会社を休まないといけなくなるし。その子どもにうつったら、さらに、何週間も休むということになったら申し訳ないなと思って。”

「仕事も育児も全てを自分でやらなきゃ…」人一倍責任感の強く、人に頼ることが苦手だったという尾崎先生。自力では解決できない問題に直面し、人の温かみと優しさを実感します。

“自分で連れていこうと思ったのですが、フラフラして、車をまともに運転できず…。そのときに初めて、近所のおじいさんとおばあさんに、「すいません、子どもたちを見ていてもらえませんか?その間、おじいちゃん、私を病院に連れていってください。」とお願いしたら、「もっと早く頼ってくれれば良かったのに」というふうに言ってくださって。
それからは地域のおじいさんとか、おばあさんとかと、コミュニケーションをたくさんとるようになりましたね。実家は遠いので、実際のおじいちゃんとおばあちゃんは近くはないのですけれども。地域の方々にすごく救われているなというふうに思います。”

この事件をきっかけに「地域コミュニティ」だけでなく、「助けを求める勇気」の大切さを学んだと尾崎先生は振り返ります。

“会社にいたときは、助けてくれということは、自分が努力不足なこととか、準備不足なこととか、経験不足を認めるようなことなので、すごく変なプライドでできなかった部分もあるのですが。子育てを通して、初めて、助けてほしいということができるようになったことは、自分にとってすごく大きな力を得たなというふうに思います。”

こうした経験もあり、尾崎先生は在住する流山市に「地域コミュニティ」と「仕事」をテーマにしたシェアオフィスを開業することにつながったと語られています。

お笑いへの挑戦。自分がゼロになれる場所を求めて

現在は、流山市に株式会社新閃力を立ち上げ社長として活動される一方、お笑い養成所に通い、さらに新しいことを学ばれているという尾崎先生。なぜビジネスではなく、お笑いなのか。その理由について聞いてみると、尾崎先生の本質が見えてきました。

“自分で会社を立ち上げたのが4年前なんですけれども。それから、先ほどいったような当事者が入っていないというような、新しい事業開発だったり、商品開発に入っていくというコンサルティングだったりとか。あとは、先ほどのような、新しいシェアサテライトオフィスというものを作る事業をやっていたのですが。そもそも、私、新しいものを作るのが好きで。
その中で、どんどん新しいアイディアを出していくためには、いろんな情報をインプットしないといけません。他の人が持っていない視点を、自分の中で育て続けて、学び続けないといけないので。そういうときに事業も安定してきて、すごくいろんなところに講演も呼んでいただけるようになったときに、このままじゃアイディアが枯渇するかもしれないという危機感を感じて。
何かの専門家になるということも素晴らしいことだと思うのですが、そうなってしまうと、そこの立場から、チャレンジャーになりづらかったりだとか、新しい環境に飛び込みづらかったり。そういうことをするとどんどん、私の視点・視野が狭くなっていくと思ったのでここは「おもいきり違うところに飛び込んでみよう」というふうに思って。そうしてお笑い養成所に跳び込みました。”

常に新しいことを学び続ける好奇心と向上心に溢れた尾崎先生。事業が安定してきているからこそ、「自分はまだ34歳。ダメだしをされない人生が怖い」と語り、「自分がゼロになれる場所を求めて」お笑い養成所の門を叩いたと言います。

「ネタや脚本を作っては先生にダメ出しを喰らってます」と笑う尾崎先生ですが、それが快感でもあり、そこでの企画づくりがビジネス面にも良い影響を与えていると教えてくれました。

現状に満足せず、飽くなき探究心を持つ——いわば、「連続挑戦家」とも呼べる尾崎先生の姿勢から私たちが学ぶべきことは多いのではないでしょうか。

授業内では、他にも「企業内起業で感じた商品づくりの難しさ」や、「お笑いがビジネスに通ずること」、「これから成し遂げたいこと」など尾崎さんのご経験が余すことなく語られています。

また、受講生からの質問に対する先生の回答から、新たな気づきや発見があるからもしれません。気になった方は、ぜひ、Schooで続きを受講してみてはいかがでしょうか。

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