見出し画像

いま注目を集める「リスキリング」とは? 何のために、何を学ぶことなのか 〜日本のリスキリングを牽引する後藤宗明さんに学ぶ7つのアクション〜

最近になって耳にすることが格段に増えた「リスキリング」。岸田首相による2022年10月の所信表明演説で、リスキリングに対して5年間で1兆円の公的支援をするとの方針が示されたことで、さらに注目を集めています。

リスキリングとはどのようなことであり、なぜ必要とされているのでしょうか。そして、企業や個人はリスキリングに対してどう向き合えばよいのでしょうか。

一般社団法人ジャパンリスキリングイニシアチブ代表理事の後藤宗明さんに、株式会社Schoo(以下、スクー)執行役員CCO(Chief Content Officer)の滝川麻衣子が聞きました。


リスキリングとは「組織が従業員に新しいスキルを再習得させる」こと

滝川:いま、リスキリングが大きな注目を集めています。リスキリングとは何か、その定義から後藤さんにお伺いできますか。

後藤:リスキリングは、日本のメディアではよく「(学び直し)」と補足がつくのですが、個人が興味のある分野を学ぶ意味での学び直しとは異なります。

リスキリング(Reskilling)を直訳すると「新しいスキルを再習得させる」と表現できます。社会人のリスキリングにおいては、組織が責任をもって、従業員にスキルを再習得させるという意味になるのです。成長分野であるデジタルトランスフォーメーションなど、組織が目指す方向性に基づいて、必要なスキルを習得する機会を従業員に提供することがリスキリングの定義だと考えています。

滝川:岸田首相の演説を聞いて「自分で学ばなければならないのか…」と感じたビジネスパーソンも多かったのではないかと思うのですが、本来、リスキリングは企業が主体となって進めるものなんですよね。

後藤:その通りです。欧米がデジタル化に成功した理由のひとつに、企業が責任をもってリスキリングの機会を従業員に提供し、国や自治体がそれを支援したことがあります。個人の努力だけでは不十分で、国や企業の支援は欠かせないのです。

国や企業にとって、リスキリングは「技術的失業」を防ぐ意味合いがあります。テクノロジーの進化によって業務の自動化が起こり、雇用が失われることを防ぐのです。そして、成長産業に労働力を移していくことがリスキリングのゴールです。

滝川:リスキリングは、国や組織のグランドデザインとセットで行われるべきですね。

個人の視点でリスキリングを捉えると「新しいことを学び、新しいスキルを身につけて実践し、新しい業務や職業に就くこと」といえそうですが、個人が興味のあることを学ぶものだと考えている人も多いと思われます。

後藤:個人の興味に沿って学ぶのは「リカレント教育」です。学校を卒業して仕事をし、また大学院などで学んで違う仕事に就くといった、生涯学習の一環ですね。リンダ・グラットン氏の書籍「ライフ・シフト」がベストセラーになったことで広がった考え方です。リカレント教育の場合、学ぶ分野は職業と直結しなくてもいいのです。

滝川:日本ではまだ、リスキリングとリカレント教育が曖昧に認識されているように思います。企業も個人も、まず両者の違いを理解することが大切ですね。

データでも実証されているリスキリングの効果

滝川:企業の立場では、リスキリングをしたことによって社員の離職率が高まってしまう懸念をもつ場合も少なくありません。リスキリングの効果がわかると、企業も確信をもって取り組めると思います。リスキリングによるメリットはどのようなものがありますか。

後藤:リスキリングのメリットは、データで実証されています。PwCが2020年に発表した分析結果によると、日本でリスキリングをすると今後10年間でGDPが1.7〜2.0%上向くとされています。また、オンライン教育サービスCourseraの発表では、リスキリングでスキル習熟度が上がると1人あたりGDPが増加し、株式リターンも増加するというデータもあるんです。このように、国も企業もメリットがあることが証明されています。

さらには、リスキリングによってスキル習熟度が上がれば、所得格差が縮小することもCourseraによる分析でわかっています。個人にとっては、スキルが上がれば昇格や昇給に結びつくメリットがあるんです。

滝川:国、企業、個人のどの立場に対しても効果があるのですね。データを見ると、リスキリングをやらない選択肢はないと感じます。

2030年に必要となるスキルとは

滝川:デジタル化が進む社会の中で、これから特に必要となるスキルはどのようなものになるのでしょうか。スクーのサービスで学ぶ方々からは、最近やはりデジタルやデザインに加え、話し方、聞き方、書き方といったベーシックなスキル分野への関心が高いです。

後藤:まずは、変化が激しい時代において、自分自身をリスキリングするスキルが大切です。Future of skills employmentという論文でも、2030年に最も必要となるスキルとして「Learning Strategies(学習戦略スキル)」が挙げられています。

そして個別の分野を挙げると、デジタル分野のスキルは言うまでもなく必要です。加えて、近年は「グリーン・スキル」が注目されています。これは脱炭素化に向けたグリーン分野のスキルで、たとえばシンガポール政府は国民に対して身につけるべきだと提唱しているんです。

背景には、この分野の職業ニーズが高まっていることがあります。たとえばカーボンフットプリント(商品やサービスの原材料調達からリサイクルに至るまでに排出される温室効果ガスの排出量を、CO2に換算して表示する仕組み)の管理や、太陽光発電の設計といった仕事は今後増えていくでしょう。

滝川:時代の変化によって、求められるスキルも変わっていきますね。スキルといっても、デジタルやグリーン分野といった専門性が高い分野と、コミュニケーションなどの汎用性が高い分野とがありますよね。コミュニケーションは、スクーのサービスで学ぶ方々からも根強い人気がある分野です。

後藤:スキルにはそれぞれ「寿命」があるとされており、寿命が長い順に、耐久性のあるスキル、半永久的スキル、陳腐化するスキルの大きく3つに分けられます。

耐久性のあるスキルとは、スクーで学ぶ皆さんに人気があるというコミュニケーションをはじめ、リーダーシップやプロジェクト管理スキルといったものが該当します。平均20年ほど活かせるスキルといわれています。

その対極にある陳腐化するスキルとは、テクノロジー分野や、組織特有のツールにまつわるスキルなどです。平均10年ほどでスキルを活かせなくなるといわれており、機械学習などの技術進化が速い分野では、活かせる期間はもっと短いでしょう。

耐久性があるスキルと陳腐化するスキルはどちらが重要というわけではなく、両方を持ちあわせるべきだと思います。

滝川:リスキリングを推進する企業は、従業員がもっている、あるいは習得しようとしているスキルを活かせる期間も認識しておくと、中長期でのリスキリング計画が立てやすくなりそうですね。個人にとっても、キャリアを築く際の参考になると思います。

日本の社会人は怠惰だから学ばないのではない

滝川:日本は欧米に比べてリスキリングがまだ浸透していませんよね。日本における課題はどの点にあるのでしょうか。

後藤:働き方の課題、お金に関する課題、学びに関する課題の3つがあると考えています。

まず働き方に関する課題です。先ほど滝川さんと話したように、今の日本ではリスキリングと自主的な個人の学び直しが混同されています。そのため、リスキリングは本来就業時間中に行うべきものですが、業務時間外に従業員に自発的に学んでもらう企業も散見されます。また、学習時間を捻出するために、デジタル化を推進して非効率な業務を減らしていく取り組みも欠かせません。

滝川:なるほど。法人研修では、研修時間を業務時間に含めるのか否かで悩まれる企業が多くあります。リスキリングを目的とした研修であれば、業務時間に含めるのが妥当だということですね。

後藤:はい、そう思います。次にお金に関する課題は、中小企業にとって学ぶための費用負担は難しいという点です。リソースが限られる中小企業では、従業員1人が欠けただけで業務が止まってしまう場合もありえます。そのため、リスキリングをする人の業務を引き継ぐ新たな従業員を雇う費用や、リスキリングそのものの費用の支援が必要です。

滝川:一部の大企業だけでなく、国全体としてリスキリングを進めていくには、金銭的な支援は欠かせませんね。大企業であれば研修予算が十分にありますが、人材育成にほとんど投資できていない、あるいは少額しか割けない中小企業は多いと思われます。

そして、学びに関する課題とはどのようなものでしょうか。

後藤:よく「日本人は学ばない」と言われますが、怠惰だから学ばないわけではないと思うのです。仕事が減らない状態で、プラスアルファで学ぶ時間を捻出するのが難しいのが本質的な課題ではないでしょうか。

また、学ぶことが得意ではなく、学んだことによる成功体験がある人は多くはないという前提に立って、リスキリングを推進する必要があると考えます。いま、リスキリングの必要性を訴えているのは、学びの成功体験がある人が多いように感じるのです。

滝川:同感です。スクーでも、学びの成功体験をもつ人ばかりではない点は強く意識しています。法人事業や地域創生事業においては、学びやすい環境をつくり、個人や社会の課題と学びをつなげて認識してもらえるよう、各企業や自治体と一緒に取り組んでいます。

リスキリングにおける経営と人事の役割

滝川:企業が従業員のリスキリングを進めるために、非効率な業務を減らすという話が挙がりましたが、経営陣や人事部門が果たすべきことは他にもありそうです。

後藤:そうですね。リスキリングにあたって学習ツールを導入しただけ、あるいはオンライン研修をやっただけになってしまっている企業が多いと感じています。リスキリングにおける経営と人事の役割は、大きく7つあると考えています。

■リスキリングに必要な7つのアクション

1      リスキリングを「全社プロジェクト」として進める

後藤:リスキリングは会社の変革にかかわる重要なものですので、人事部門だけで行うのではなく、全社プロジェクトとして取り組むべきだと考えます。施策を行う前に、全社共通のリスキリングの制度をつくることが重要です。

滝川:業務スキルを習得する研修は人事部門が企画して行うことが多いですが、リスキリングは組織変革の一環なので、経営陣も含めて全社で進める必要があるのですね。

2      将来必要となるスキル「Future Skills」を策定する

後藤:全社でリスキリング制度を定めたら、次に、部署ごとに将来必要となるスキルを人事部門と各部門で協議して定義することが必要です。これはリスキリングで学ぶ分野を決めるにあたって、重要な取り組みになります。

大企業では、社内にHRBP(Human Resources Business Partner:事業戦略に基づき人事戦略を構築する役割)や部門人事の皆さんがFuture Skillを考えるキーパーソンになるでしょう。

滝川:HRBPは、日本企業でも配置する流れが起きています。リスキリングを進めるカギを握るのですね。

3      学習管理ツールを導入する

後藤:さらに、LMS(Learning Management System:学習の教材や進捗を管理するツール)やLXP(Learning Experience Platform:AIを駆使して学習内容をパーソナライズできるツール)といった学習ツールの導入も重要です。

滝川:学習ツールを活用し、オンライン研修と集合研修を組み合わせる「ブレンディッド・ラーニング」にも注目が集まっていますね。「Schoo for Business」をご利用いただいている法人企業様にも、このような取り組みをしている事例があります。

 後藤:学習ツールを用いることで、学びの幅が広がりますね。リスキリングの推進には、学ぶ環境の整備も大切なポイントだと思います。

4      スキルを可視化する

後藤:4つ目は、スキルの可視化です。リスキリングを何から始めるのかを考えるにあたり、従業員が現在どのようなスキルをもっているのかを可視化することも欠かせません。

2つ目に挙げた「将来必要となるスキル」と、可視化した「現在もっているスキル」の差分が「スキルギャップ」であり、そのギャップを埋める取り組みがリスキリングなのです。スキルギャップ、およびギャップを埋めるために学ぶ項目を明らかにすることを、私は「学びの定量化」と呼んでいます。

スキルギャップを導き出し、学びの定量化をすることは、リスキリングの中でも重要度の高い取り組みだと考えます。

5      従業員がもつスキルを証明する仕組みをつくる

後藤:リスキリングによって各従業員がどのようなスキルをもっているのかを社内外に証明する「マイクロクレデンシャル」という仕組みも取り入れていくとよいでしょう。海外では、企業の従業員がリスキリングをして新たに身につけたスキルをLinkedInなどのSNSで発信しています。

滝川:企業にとっては、こうした発信によって優秀な従業員がヘッドハンティングなどで他社に移ってしまうリスクがあると感じるように思います。企業にも何かメリットがあるのでしょうか。

後藤:実は、企業にも効果があるんです。この会社に入ればリスキリングをしてもらえるという転職希望者へのアピールになり、優秀な人材を惹きつける採用マーケティングの効果が期待できます。

滝川:リスキリングによって採用効果も生み出せるのですね。いまは採用に苦労されている企業が多いですから、スキルを証明する仕組みは導入する価値がありそうです。

 6      リスキリングによって習得したスキルを活かせるポジションを用意する

後藤:そして、いま日本企業で多く問題にあがっているのが、リスキリングをしたものの実践機会がつくれないことです。現在の部署で活かせる場がなく、配置転換もないとなると、従業員は学んだことを忘れてしまいます。

学びが無駄にならないよう、リスキリングの施策をする前に、ポストチャレンジ制度(従業員が自ら希望する業務にチャレンジできる公募制度)など、配置転換の仕組みも整備することが必要ですね。リスキリングは組織が目指す姿を実現するために取り組むものですから、従業員が学んだことを活かす場を作り、成果を上げることまでをセットで考えたいものです。

7      スキルに基づく昇給昇格制度を整える

後藤:最後に、リスキリングをして実務で成果を上げた従業員には、昇給や昇格で報いることも重要です。スキルに応じた報酬制度はアメリカが進んでおり、SBP(Skill Based Pay)と呼ばれています。


後藤:今回ご紹介した経営と人事の7つの役割を見ると、リスキリングはスキルを習得する機会をつくるだけではないことがご理解いただけたと思います。リスキリングの効果を最大化するためには、スキルの可視化や人事制度との連動が欠かせません。

滝川:スクーでも、今後もリスキリングのためのコンテンツをご提供するとともに、各企業でリスキリングの効果を最大化するための支援を続けていきたいと思います。本日はありがとうございました。

※この原稿は2022年10月、11月に実施された「人材育成ラボ(H+)カンファレンス 2022」及び「HRカンファレンス2022秋」の講演内容のポイントをまとめたものです。


<プロフィール>

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事
後藤 宗明氏
銀行、研修事業、社会起業家支援を経て40歳で自らのリスキリングを開始。フィンテック、通信、外資コンサルを経て、ABEJAにて米国事業、AI研修企画を担当。リクルートワークス研究所にて『リスキリングする組織』を共同執筆。2021年現職。2022年、SkyHive Technologies日本代表に就任。

株式会社Schoo CCO(Chief Content Officer)
滝川 麻衣子氏
大学卒業後、産経新聞社に入社し、経済担当記者としてキャリアを積む。2017年からBusiness Insider Japanの立ち上げに参画し、働き方や生き方をテーマに多くの企業を取材し「これからの働き方の課題は社会人の学びになる 」と確信。Schooに入社後はコンテンツ部門責任者として制作に従事。


■株式会社Schoo

MISSION:世の中から卒業をなくす
VISION:インターネット学習で人類を変革する

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 Schoo広報X(Twitter)でも、note更新情報やSchooニュースを配信しています。 ぜひフォローしてください!