学びのためのコミュニティづくり―相互学習と会社への適応を高める「実践共同体」の可能性
スクーでは創業以来、個人・法人の皆様にオンライン学習サービス「Schoo」を提供し、社会人の自律的な学びやリスキリングを支援してきました。私たちがサービス提供開始時からこだわってきたことのひとつが、「Schooは単なるe-Learningのサービスではなく、学び合いのコミュニティを提供していている」ということです。
本稿より新たにスタートするこの連載では、学びのコミュニティがもつ可能性をさまざまな有識者の視点、理論からひも解いていきながら、企業様の事例も紹介していく予定です。
連載第1回となる本稿では、「実践共同体」についての研究を行う関西学院大学商学部の松本雄一教授にインタビュー。著書『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ―』を発刊されたばかりの松本先生に、「実践共同体」と企業における学びのコミュニティづくりについてうかがいました。
学校で学ばなくても、仕事のスキルは身につく
学びたいことを一緒に学ぶ「学びのコミュニティ」には、学習を促進する“力”があります。
1990年代にエティエンヌ・ウェンガーによって提唱された「実践共同体」という概念があります。これは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」と定義されます。
最近少しずつ変化しているものの、基本的に学校の学びは、教室に集められて先生から知識を一方通行で伝えられるもの。そして企業における学びも、以前はそれと同じように捉えられていました。
しかし、人類学的な研究では、学校で知識を学んでいないのに、仕事ができるようになっている事例がたくさんあります。よく考えれば、大学生のアルバイトも、別に学校で仕事の仕方を教わっていなくても、働けるようになりますよね。
つまり、学校で教わってないのに、仕事のスキルが身についているのです。
「学校の学び」と「仕事の学び」には実は違いがあります。人は、知識や技能を持つ人たちの共同体に参加することでも、それを学びとることができます。この学びのためのコミュニティが「実践共同体」で、仕事の学びにおいて大きな力を発揮するのです。
一般的な学びのコミュニティと実践共同体の違い
では、学校のような「一般的なコミュニティの学び」と「実践共同体」は何が違うのでしょうか。
大前提として、実践共同体においては、自分がそこで実際に学ぶかどうかは参加する本人が決めます。関心があれば参加していいですし、あまり関心がないまま参加していたとしても早々に退出を命じられるわけでもなく、関心が育つまでそこにいていいのです。そっとベンチを用意するかのように「いたかったらいてもいいよ」という姿勢が実践共同体には大切です。
しかし学校ですと、教室に集まることが任意になってしまうと授業が成り立ちませんね。
また、長期にわたって参加してみたけれど学びたい関心が湧いてこなかった場合、参加をやめてもいいし、別のコミュニティで学んでもいいのです。学校では興味がない教科の授業でも学校に行かなければならないという文化的、制度的な強制力が発生します。
実践共同体はあくまで参加者の「自律的な学び」を促進するものです。学びたいことが自分ではっきりと認識できていなくても、みんなで集まることでよい影響が生まれます。この点も、一般的な学びとの大きな違いといえます。
実践共同体において「学びの動機」は変化する
2023年にスタートした旭化成の企業内大学「新卒学部」はまさに実践共同体の好例だといえます。新卒の社員が自律的に学ぶための社内コミュニティですが、新入社員にとって当初、どちらかといえば「学び」は二次的でも大丈夫です。まずは同期と一緒に集まり、悩みを共有します。会社側も、まずは同期との絆をつくってもらい、仲間との自律的な学習を通して徐々に組織に適応してもらうことができます
学びの実践を通して本当の仲間になり、そこからようやく「学び」が「集まる動機」の上位に押し上げられます。そして、学びへの欲求は多方向に広がりはじめます。「この場をもっと多くの人に役立つコミュニティにしていきたい」という思いも湧き上がってきます。
集まる動機、学びの動機が次第に変化・ステップアップしていく状態。これが実践共同体がうまく機能している証拠であり、成長するポイントです。
大事なのは「自律性」です。会社側は社員が自律的に活動できる環境を整えることが大切です。そのためには、時には介入したりファシリテートすることも必要でしょう。
「個人が学びたいこと」と「組織が学んでほしいこと」が一致するとは限りません。そこに実践共同体が加わることで、二つを接合させる効果が生まれます。「仕事に役立つ知識をみんなで学ぶのって案外楽しいな」という感覚が芽生えると、実践共同体はさらに成長していくでしょう。
実践共同体は、実践の成果が人を結びつけるコミュニティ。みんなで実践した結果、みんなを繋ぐ「何か」がそこに生まれます。これを「境界物象」と呼びます。
例えば、夏合宿でキャンプファイヤーを一から準備し、炎の上がったキャンプファイヤーを囲むことができたとします。それはみんなを結びつける思い出であると同時に、その話題がみんなを結びつける「境界物象」となるのです。
一つひとつの学びの成果物が人々を結びつける境界物象になり、それがより多いほうが参加者の結びつきを深めることができます。
もうひとつの学びを生み出すSchooの「コメント機能」
学びのコミュニティのひとつである実践共同体でさまざまな“実践”をすることで、いろいろな考えに触れることができます。そうすると、自分の会社・組織の考え方は(正しいとか間違ってるではなく)ひとつの考え方にすぎないのだ、と相対化して捉えることができるようになります。
Schooの授業を通して同じ時間、同じ学びを共有する仲間もひとつの学びのコミュニティであるといえます。Schooの動画授業には、質問や感想をシェアするコメント欄の機能がありますが、「コメントする」という実践を通じてコミュニティに「参加」しています。一方で、文字として可視化された他人の考えを読むことも気づきや学びを促進します。
おそらく、手を挙げて発言するよりコメントを書き込む方が、受講生にとってはハードルが低く感じられるでしょう。その「実践のしやすさ」もまた大切なポイントです。
前述の通り、参加も退出も強要しないのが実践共同体です。とは言え、学びの度合いや成長はいかに自律的に、積極的に参加しているかによって変わってきます。積極的に参加する人と、サイドラインからずっと見ているだけの人では、同じ学びの場にいても成果は同じではありません。
コメント欄は、リアルタイムに書き込むことが難しい人でも、実際に書き込まれたコメントを見ながら「こういうふうに書けばいいんだな」と、コメントの仕方を見て学ぶことができます。お手本が目の前にあるので、初心者でも実践しやすいのは重要なポイントです。
コメント欄にみんなで参加することで、お互いの知識や感覚を提供し合いながら、サイドラインにいた人をも巻き込んでいく。本軸の学びとは違ったもうひとつの学びが展開されているのもおもしろい現象です。
実践共同体での学びをきっかけに、殻を破り飛躍的に成長する人も。会社にとってもうれしい効果であり、自身のキャリアにおけるひとつの節目にもなりうるのです。
会社の一員になっていく「健全な」プロセスを促進
大学を卒業した人が、なんの抵抗もなく自ら進んで会社・組織の文化に染まることはほとんどありません。しかし、会社や家庭とは別の「第3の居場所」とも言える実践共同体に所属することで、自分の会社や組織を相対的に見ることができ、会社に対する理解が深まることは十分にありえます。
会社の一員になるとはどういうことだろうか。成果を上げてきた人の話を聞き、いろいろな人に意見を聞きながら自分を客観的に観察して、会社の一員としてのアイデンティティを形成するのはとても健全なことです。健全に会社の一員になっていくそのプロセスに、実践共同体はとてもいい影響を与えることができるのです。
大学生の生活を思い出してください。ゼミでの自分、サークルでの自分、アルバイト先での自分、家庭での自分と、いろいろな場面での自分があります。大学生では毎日いろいろな自分を経験し、相対的に比較しながら健全な大人の階段を上ってきたのに、会社に入ったら突然、会社と自宅の往復になってしまうことがあります。私には、それが会社への適応を阻害する要因になっているとすら思えるのです。
新卒で入社する若いみなさんに、「いろんな場所、いろんな視点からもっと客観的に考えていいんだよ」と伝えたいですね。
社員の実践共同体を、会社は「温かく見守る」
実践共同体は「構築する」「つくる」というより、「育む」という言葉を使う方が適切です。社員の学び、成長のために実践共同体を育みたいなら、会社がやるべきことは「温かく見守る」こと。その上で、「場所を提供する」など、邪魔にならない程度の支援はどんどん行ってください。
早急に成果を求めてはいけません。社員が自ら集まり、みんなで協力しながら楽しく学んでいる。これ以上の成果があるでしょうか。
実践共同体は、社内外どちらにあっても構いませんが、「仕事とは離れている場所」であることが大切です。社内の人間関係を一旦リセットできるのであれば、社内の方が活動の場所を確保しやすいというメリットもあります。他方で人の目を気にせず、会社に気兼ねなく活動したいのなら外に出るのもありです。
仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」。人財育成のエッセンスとして取り入れてみてはいかがでしょうか。
■株式会社Schoo